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決断すること

春ですね。
スクエア

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生活を楽しむこと
人の間で生きることと、お金

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ハロー皆さんお元気ですか。少しご無沙汰です。

最近、決断について考えていること。
気付いたこと。

決断することの孤独さと自由。あらゆる選択肢には賞味期限があること。最適な決断をするためには、自分の立ち位置、身の丈を把握すること。

今年に入ってから、決断をたくさんしました。
限られた時間の中で、次々と、受動的にも、能動的にも選択肢が提示されました。

それらは今までの決断とは、まるで違う決断です。
自分の明確な意思のもとに。

わたしは今まで、100%自分の意思で決めるということ、そしてその責任を自分で持つということを、あまり意識してきませんでした。それは別に自分で決めてこなかった訳ではなく、はっきりした理由や意思を持って、自分の中で明確に判断基準を整理してなかったということです。

周りがそうしていたから、親に言われたから、
一般的にこちらの方が良いとされているから、etc

でもそれはいわば既製品の決断のようであり、
自分の欲するところ、ありのままの姿に対して、
ぴったりとは断言できないものだったので、
自分を殺したり、我慢したり、
結果として過大なストレスを溜めていた。

だから2〜3年前まで、過去の自分の辿ってきた道を振り返っては後悔したり親や環境のせいにして、身の上を嘆いたりすることばかりでした。

周りは楽に出来ているのに、自分は出来なかったり、とてもエネルギーを消費することに対して、自己嫌悪、自己否定感。その裏返しとして、自分が周りに比べて出来ることに対しての、傲慢と、周りを見下す心。こうして常に自分と周りを比べては、精神的にゆとりがなかった。

自分を理解していなかった。


今では、昔沢山してきた後悔を、全然しなくなりました。
それは自分の身の丈を意識してからだと思います。
過去の自分に、もっと出来たんじゃない?とか、こっちの道を選べたんじゃない?とかいう、期待をしなくなった。だって過去の自分に出来ることしか、していない結果としての、過去だから。

そうしたら未来にも期待しなくなりました。
そしたら、周りからは一見大胆に見える決断も、
ごく自然に、出来て。
それは自分の身の丈にあっているから。
自分は結局、自分に出来ることしか出来ないから。
これからのことは、なるようにしかならないから。

はじめは、でも、すごく勇気が入りました。
初めて、意識して自分の身の丈に合わせた、
いわばオーダーメイドの、決断をするとき。


でも自分がありのままでいられることを、
大事にすると心に決めたとき。

決断に伴い起こる一切のことを、絶対に人のせいに
しないと自分で誓えると思うとき。

それまでの決断のときにまとわりついていた
既製品の考えなどから、
他の人の意見から、
本当の意味で自由になったのを感じました。

ひとたび決断をしたら、
その道に対して生じるであろう障害については、
冷静に予測してどう対処するかを考えるだけです。

例えば反対してくる人を、どのように説得するか。
いかに周りに迷惑をかけず、つまり自分の決断を効果的に実現させるか。

それは孤独な営みだけど、
自分の中に迷いが無い時、一切の曇りのないクリアーな頭で、
これらを考えることができる。
そして、どんなことがあっても、流されない
一本の大きな木のように、
自分の決断の上に立つことができる。
静かに、でも確かに、揺るぎなく。

これが決断の孤独と自由。
決断に伴って、未だかつてない爽快感と、
道を行く自分の足取りの安定感と強さを
感じました。

迷いのない人には説得力がある、と言われたりする理由なども、ぼんやりと分かってきたように思います。


ただ世の中には百戦錬磨の決断の猛者が沢山いるなか、わたしはつい最近、決断を意識し始めた、初心者です。

初めての決断では少し失敗をしました。

それは決断のタイミングが遅くなったことに伴う、
自分の取り得る選択肢の変化です。

今回は幸運にもあらかじめあった選択肢が消えてしまうことにはならなかったのですが、それでもはじめに提示されたものとは微妙に変わったものになりました。

わたしはその決断の際、自分の立ち位置、立場を正確に把握していませんでした。例えば、どちらがより選択肢の交渉力を持っているか、等の点において、わたしは自分の交渉力を理解しておらず(この時は本当は自分が劣位でした)、選択肢の内容と決断のタイミングについて自分の都合に合わせていました。

目の前に選択肢が提示された時、その選択肢はその時の自分と相手の状態を前提にしているものであること。その状態というのは刻一刻と常に変化をしているものだということ。

だから全く同じ選択肢は、理論的にも現実的にも存在し得ない。これが決断の賞味期限です。

わかりやすい例だと、タラレバ娘の冒頭では、主人公に対してのプロポーズの賞味期限がよく分かります。恋愛などについては気持ちの変化が直に決断と選択肢に影響するので、特に分かりやすいですね…。その後の作中でも、3人のタラレバ娘が、過去に存在していた選択肢が冷酷に変化したり姿を消していったりのを、実感していく。

いま、この瞬間、自分が取り得る選択肢について、最適な判断をして、どの道をとるか決断するためには。

いま、この瞬間、自分がどんな立場で、立ち位置であるか、その身の丈を把握している必要があること。


初めの決断のタイミングについて、大きな失敗にならなかったのは本当に運が良かったです。そのことに感謝して。でも小さな失敗を、心にしっかり留めて。

自分の立場については、すぐに把握できるものではなく、きっとその把握の精度もあって、日頃から感覚を磨いていくものだという気がします。自分にとって、今まで大きく意識してこなかった部分でもあるから、これについては、これから少しずつ、修行です。

でも本当に大事な時は、来たる決断の瞬間に、直感や霊感のようなものの導きが、訪れてくれるんじゃないかなぁ、なんて思ったりもする笑。自分ではどうしようもないことも、きっとあると思います。

私達の元へ、より良い決断がありますように。
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