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ココロが貧しい

たくさんの人を傷つけてきた。
たくさんの人を蔑ろにしてきた。
たくさんの人を不快にしてきた。
たくさんの人に迷惑をかけてきた。
たくさんの人に助けてもらい、
呆れられ、可哀相だと思われ、

(それは多分、まだ全部見えないけど、いまも)

「こいつは今こんな涼しいような顔して、
わかったようなこと書いてるけど、
昔こんなに、つける薬のない
どうしようもない人間だった」
と攻撃してくれても
構わないと思う

逃げも隠れも誤魔化しもしないし、
あったことを無かったことにはできない。
政治家じゃないし、正直なのはお家芸だ。

何より、手を差し伸べてくれた人達
そんな私とも仲良くしてくれる人達
優しさや素晴らしさ、存在の気高さを
一緒に否定することになりそうだから、
しない。

自分の過去を知ることは、
自分の今と未来の関係を嫌でも想像することであり、
他の人の過去を推し量ることであり、
少なくとも昔気づかなかったことに
気づくようになったというその一点で
自分は変わることができ、
人は変わることができるという
祈りのような信念を
連れてきて
私はそれに縋る

歴史を知ることは、
昔の人々の間の関係性を知ることで、
今と人々の間で起こっていること位置付け、
未来の人々の間で起こることを想像することだと思う。
(ほんと、あまり関係ないけど思いついたから書く)

ところで(?)本題は
心が貧しいんです、という。

本当に心が貧しくて、
ほんのちょっとの気遣いや優しさでも、
荒涼とした大地に這いつくばっている
名前のよくわからない雑草に
一滴の水が落ちるように
そしてそれに浅ましく吸い付き
もう一滴ないかと
いうような感じ
(その時は訳が分からなくっても)
(あ、雑草に失礼っていわないで…虚構の例えだから)

受けっとってすぐ分からなくても
後から気づいて恵みに感動してる
(気づいた時の場所は関係なく、
一人で突然泣く変な人になる
いや、いつも
変な人間してると思うけど)

あの頃は、ずっと意味がわからなかったけど、
心に引っかかっていた聖書の一節が、
暗い孤独の中での光になっている。
光。だから好き。当たり前だね

「心の貧しい人々は、幸いである、
  天の国はその人たちのものである
 悲しむ人々は、幸いである、
  その人たちは慰められる。
 柔和な人々は、幸いである、
  その人たちは地を受け継ぐ。
 義に飢え乾く人々は、幸いである、
  その人たちは満たされる。
 憐れみ深い人々は、幸いである、
  その人たちは憐れみを受ける。
 心の清い人々は、幸いである。
  その人たちは神を見る。
 平和を実現する人々は、幸いである。
  その人たちは神の子と呼ばれる。
 義のために迫害される人々は、幸いである。
  天の国はその人たちのものである。」

マタイ、山上の説教より

最初の2行〜4行なんだけど、
切りどころ分からなくて
とりあえず全部。
言葉そのものって、人間と違って、好きに解釈しても大丈夫だから、
素晴らしいね(特に聖書は書き手の影がないし)
ほんと、はじめて読んだ時とそのあとの何回も、
まるで意味不明だった

色々ないようである日々のなか、
こんなことがあって嬉しかったと
喋っていたら、
「それ普通だよ」とか言われたりとかして
自分のみすぼらしい状況に
少しずつ気づいて

でも他の人が栄養に思わないものも
私にとっては生きる糧になっている
いつも飢えているけど
感謝の気持ちは忘れることがない
想像だけど
砂漠の民が水を大切にするよう
北方の民が太陽を切望するよう
かな、イメージ。
(ロシアで冬を過ごした時
たまに顔を出す太陽が本当に
ああ我がいとしの太陽!
みたいなあの辺の言い回し、大げさじゃないと思った
あれほんと、すごい
太陽への気持ち、あんなに高まったこと
他にないと思う)

いつからか、自分が傷ついて悲しい時、
昔も同じように自分も傷つけたことがあることを、
思い返すようになった。否応なく。

どんな時もたいてい、そういう出来事はいくつも思い当たり、
覆水盆に返らず
どんなに時間が流れようと、自分が忘れようと、
過去の自分の浅はかさ、過ちにずっと後から気づき、
あるいは今自分が感じているよりも
深く、取り返しのつかない
何かとなってしまっている
かもしれなくて、思い出しては、

自分が生きていなくても社会的に支障はなく、
でも生き物の本質として、
自分に何らかの価値を感じていないと、
何かの自信なようなものがないと、
生にしがみついていることができないから、
ただ「明日死ななかったらどうしよう」
というその明日を、その棚ぼた的人生を
終わらせる動機もないから
自分の命を受け入れて
生きていくような感覚だけど

でも、
だからこそ、
わたしは自分の思うように
いくらでもリスクを取れる。
やりたいこと、諦めない。
自分の考え、気持ち、
伝え続けいきたい。

いつまでも自分に正直でいたい。
ここだけがわたしの居場所だから
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